里奈の美鶴依存は、コウも聞かされて知っている。
美鶴と里奈が行き違ってしまった原因の一端が自分にもあるのかと思うと、コウには他人事のようには思えなかった。自分がもっとちゃんとしていれば二人は別れる事もなかったのかもしれないと思うと、心苦しさも感じた。
澤村優輝などという狂気じみた輩に、心の隙を突かれる事もなかったのかもしれない。
「田代さん、大迫に会いたいんだ」
グルッと辺りを見渡す。
「この近く?」
「だと思う」
「だと、思う?」
「ツバサから聞いただけだから、はっきりとはわからないの」
「ツバサが?」
里奈へ視線を戻すコウ。俯く里奈。
「ツバサが大迫の家を知ってるのか?」
「だと、思う」
「だったら、ツバサと一緒に」
そこまで言って、コウは言葉を飲んだ。
ひょっとして、ツバサが反対したのか? 二人は会わない方がいいなどと言って、田代さんが大迫と会うのに反対したとか? それで田代さんは勝手に自分で探しに出掛けようと飛び出して―――
だがコウの憶測を、里奈が弱々しく否定する。
「うん、私もそれがいいと思ってるの。だけどね」
「へ?」
精一杯目を大きくしてマヌケな声を出す相手に、里奈は申し訳なさそうに身を縮こまらせる。
「あの… その、ツバサが」
こんな事言うと、なんだかツバサに原因を押し付けるみたい。で、でも、本当の事だし。ツバサが悪くないってちゃんと付け足せばいいのかなぁ?
グチャグチャと考える頭を捻くりかえし、ようやく言葉を喉から押し出す。
「ツバサが、私を避けているみたいで」
「えっ? ツバサが?」
「あっ ち、違うのっ! ツバサが避けてるってワケじゃなくって、私が勝手にそう思い込んでるだけで」
里奈は胸の前でブンブンと両手を振って弁明を試みる。
「ツバサが悪いんじゃなくって、私がただそうかもって思ってるだけで、あの、ただ私が臆病でちゃんと聞けないから、あの、その…」
相手が聡だったら確実に一喝落ちそうだ。
オロオロと視線を泳がせ、取り留める事もできずに続ける里奈の言葉を、コウはしばらく唖然と聞いていた。
なんか、田代さんて、こういうところは変わってないな。いや、むしろ悪化しているような気がする。
中学一年の時、コウと付き合っていた頃の里奈も、やはり気弱な頼りのない少女だった。自分に自信がなく、二言目には言い訳や謝罪を口にする。だが、これほど落ち着きのない少女ではなかったような気がする。
それに、もっと楽しそうだった。
自信はなくとも、自らの意見を言う時に見せる恥らったような仕草や表情が、コウはとても好きだった。
今の里奈には、その時の臆病な部分だけが残ってしまったような気がする。たとえ間違っても誰かが護ってくれる、というような安心感を喪失してしまったからだろうか?
誰かって言うのは、やっぱ大迫の事なんだろうな。
里奈にはわからぬように小さくため息をつく。
田代さんの事を、ツバサが避けている? ツバサがそのような事をするような人間だとは思えないが―――
やっぱ、気にしてんのかな? 俺と田代さんの事。
思うと、またため息が出そうになる。
信じてるって俺の言葉、やっぱ伝わってねぇのかな? ま、仕方ないんだけどさ。
再び出そうになるため息を今度はなんとか飲み込み、まだツラツラと言い訳めいた事を続ける相手の言葉の隙に、コウは口は挟んだ。
「俺がさ、ツバサに聞いてみようか?」
里奈は言葉を切った。半開きのままポカンと口を丸くし、クリクリとその瞳でコウを見つめる。
そういう表情も変わってない。だがコウは、その瞳を可愛いとは思うが、それ以上には思えない。昔のように見つめられても、胸を締め付けられるような甘酸っぱさも感じなければ、気恥ずかしさも存在しない。
あぁ 俺、やっぱ田代さんの事、もう何とも思ってねぇんだ。
そう思うと、なぜだか気分か軽くなる。
俺にはやっぱ、ツバサなんだな。
俺は田代さんの事、もうなんとも思っていない。
頭ではわかっていた事なのに、実際に実感すると、なんとなく嬉しい。自分の意見に自信が持てるからだろうか?
うん。俺、自信を持って言えるよ。俺にはツバサだけだって。
思うと途端に気持ちが晴れた。頭上に広がる青空のような晴れ渡った清々しい気分が全身を包み、上を向いて笑いたいのをなんとか堪えて言葉を続ける。
「俺がさ、ツバサに聞いてみるよ」
言いながら、ひょっとしたら口元が緩んでいるのかもしれないと必死に顔に力を入れる。里奈から見たら、かなり滑稽な表情だったのかもしれない。
だが、コウはそれでも構わないと思った。
ツバサにちゃんと謝ろう。ツバサが悩んでるかもって思いながら、放っておいた俺も悪いんだ。向かい合ってちゃんと話せば、ツバサはきっとわかってくれる。
|